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個人と組織またはシステム(2) [夜話]

昨今の大学の専攻名や研究室名、講座名など、システムという名を冠すものが多く見られる。環境システム、情報システム、化学システム、社会システム、産業システム・・・etc.

この一大流行は一体どういうわけか。一見するとシステムがつく必要性のなさそうなものにまでシステムがついてたりする。これには、多分、「知の体系化」という考え方が、根底にあるのではないかという気がする。

たとえば、環境問題をはじめとして、さまざまな専門分野を統合して当たらなければならない問題が増えてきた。これに対処するためには、これまで専門分野ごとにばらばらになっていた知見を統合し、体系化しなおすことが必要だというアイデアは、いまや常識といってもいいくらいにいろいろなところで言われている。

また、学術の進歩に伴って、今まで部分ごとにしか見えていなかったものが、徐々に体系的に理解できるのではないか・・・という感触がでてきているというのもあるだろう。たとえば、生命というものを一つのシステムとして理解するとか、もっと大上段には社会というシステム、ひいては地球というシステムなどと、夢はふくらみ、複雑きわまりないものを「システム」として理解するという試みは、やはり最近のトレンドになっている。

その他、技術の伝承という問題もある。これまでの技術というのは、えてして属人化していることが多い。職人芸なんてのは、その人にしかできないわけだし、そこまで行かなくても、その分野に経験豊富な人と新人ではパフォーマンスが全然違うというのは、あたりまえだった。そして、新人が同じレベルに到達するためには、やはり先人と同程度の努力と時間を払わなければならないというのも、また当然だった。そこを技術を体系化(いわばマニュアル化)し、もっと効率化できないか?というアイデアが生まれつつある。要するに、技術が属人化してしまうのは、その内容が明文化されていないからであって、そこを明文化し体系化すればもっと技術伝承がスムーズに行くのではないか・・・というわけ。またその教育方法についても、システマティックに行うことで、効率化がはかれるのではないかとも言われている。これは、別に新人への教育だけでなく、たとえば危機管理などの観点からも役に立つ。仮に誰かが急に欠けても、すぐに周囲がフォローできるようになる・・・という仕組み。

さて、水琴は、こういう考え方の有効性は一定程度認める(というか、大学生くらいのときまでは、結構まじめに信じていた)けれども、最近は、これ以上はあんまり進展しないんじゃないかと思うようになってきた。

というのも、環境問題を例に取ると、従来技術を寄せ集めて統合して体系化してアタックしても、はっきり言って効き目が薄いことが分かってきた。統合以前に、科学的にも社会的にも個々のレベルで分からないorできないことが極めて多い・・・ということを、ひしひしと実感せざるを得ないというのが実情なのだ。当然ながら、地球システムなどという壮大なものを把握することもできていない。

技術の伝承についてはどうか。これもある程度の体系化は有効だと思うけど、残念ながら本質的に明文化できない技術や知見も極めて多いと思う。いわゆる"経験者の勘"というのもそうだけど、もう少し言うと、マニュアル通りに行かないときに工夫して乗り切る力というのもそうだ。何かをつきつめて行けば、必ずマニュアル通りに行かないことにぶちあたる。そういうときにいかに創意工夫して対処するかというのは、現場において経験を積むことによってしか培うことは難しい。新しいことを思いつくためには、やはり試行錯誤の経験をどれだけ積んできたかということがものを言う。そして、この試行錯誤の経験を経た人間の創造力というものは、体系化して伝承するなどと言うことは到底できっこない。

要するに、体系化というのは、すでに支配下にあることを最適化し、効率的に実行するのには極めて有効だけど、新しい問題に対処するときには無力というわけだ。人間のつくるようなシステムは脆弱で、柔軟性が無く、難局を打開するのには不向きなのだ。生命システムは、そのあたりは優秀で、進化により局面をある程度までは打開可能である。だけど、そのような"システム"を人為的に作成することには、いまだ誰も成功していない。

サッカーではないけど、またしても、難局を打開するのは個人の創造力というのが現状・・・というのが水琴の見解。現代の世の中は、はっきり言って八方ふさがりの難局と言っていいと思う。誤解を恐れずに言えば、今は、既存の組織やシステムを守るよりは、個性とか創造力とかを大切にし、膠着状態を打開するような策が出てくるのを期待するのがいいんじゃないかと思っている。

それゆえ、いまだに恥ずかしげもなくシステムの名を冠す組織をつくっている大学は、ちょっと・・・困ったものだと思っている。そもそも大学って創造力を重んじるところでしょ。体系化というのは、どちらかというと社会で働く実務家の仕事だと思う。東大には折衷をとったようなシステム創成なんてものがあるらしいけど・・・、二兎を追う気なのかな。うまく配分できれば、それが一番だとは思うけど。


さて次回は、一通りの体系化をすでに終えてしまい、再び荒野を開拓するフェーズに入っているという、いわば先どりしている業界?について。

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